ライフデザイン
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元祖ブログの女王・眞鍋かをりさん“期間限定”だった芸能活動 逃げてもいい「複数の居場所」に救われた過去

眞鍋かをりさんアイキャッチ画像

学生の頃から芸能活動を始め、女優・タレントとしてマルチに活躍されてきた眞鍋かをりさん。母親になった今でも育児に取り組むかたわら、テレビ番組への出演や雑誌での執筆など幅広く活動されています。そんな眞鍋さん、実は芸能活動は“期間限定”のつもりだったと明かします。気づいたら「引き返せなくなっていた」という過去。新たな活躍の場をもたらしたブログに込めた思いとは。出産・育児によるライフスタイルの変化も柔軟に受け止められたのは常に「複数の居場所」をもっていたからだと言います。多忙のなか、自分らしい道を切り開いてきたライフデザインのヒントをひも解きます。

目次


  1. 4年間の“期間限定”のつもりで芸能界へ
  2. 面白いことをシェアしたブログで大ブレイク
  3. 仕事がゼロになる覚悟で出産に挑んで

4年間の“期間限定”のつもりで芸能界へ

――現在、女優・タレントとしてご活躍中の眞鍋さんが、芸能界に入った最初のきっかけを教えてください。

眞鍋かをり:大学入学を機に地元・愛媛から上京して間もないとき、渋谷でスカウトされました。すごく保守的な性格なので、高校生の頃は「なるべく潰れない企業に就職して人生逃げ切りたい」と思っていたので、まさか自分がこういう仕事を続けているとは思ってもいませんでした。

――当時は、将来の目標などは固まっていたのですか?

眞鍋かをり:芸能界のお仕事を大学時代の4年間だけやって、その後は就職活動をちゃんとしようと考えていましたね。芸能界でやっていけるわけがないから、それまでのお小遣い稼ぎと、人生経験を積んでみたいという思いだけで続けていました。

――期間限定のつもりだったとはいえ、保守的だった眞鍋さんにとっては勇気のいる決断だったのでは。

眞鍋かをり:「芸能人になる」っていう意識はまったくなかったんです。その頃ってカットモデルが流行っていた時代だったので、私も東京に来てから何度かやってみたことがあって。髪を切ってキレイになれて、さらにバイト代がもらえていたので、芸能界のお仕事もそんなものだろうと軽く考えていました。でも、気がついたら引き返せないところまで来てしまっていて(笑)。

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――実際に就職活動はされたんですか?

眞鍋かをり:エントリーシートを書くところまではやってみたんですけど、その頃には自分の意思だけで仕事を辞めるとは言えない状況になってしまっていました。自分のことを自分で決められないぐらい目まぐるしく忙しかったこともあり、就職活動は無理かもなって。しかも、当時は就職氷河期だったんです。何十社受けても1社内定をもらえるかどうかっていう状況で、仕方がないからしばらく芸能界で行くか、みたいな軽い気持ちでした(笑)。好景気だったら、たぶん普通に就職していたと思います。

――ええっ!?デビューしてすぐに人気者になられたイメージでしたが、意外にも芸能界にあまり執着はなかったんですね。

眞鍋かをり:そうなんです。もちろん、やりがいや面白さを感じる部分はたくさんありました。でも、私なんかが芸能界で生きていけるわけがないと思っていました。

――それでもお仕事を続けるうちに、演技をしてみたいとか、MCをしたいとか、漠然とでも芸能界での目標は見つかったんですか?

眞鍋かをり:皆無です(笑)。そのとき求められることに一生懸命応えていただけというか、来た球を必死に打っていただけで。でも、うまくできたときにすごくうれしいという感覚はありました。初めて写真集を出したとき、「誰が買ってくれるの?」と最初は思っていましたが、発売記念の握手会にたくさんの人が並んでくれているのを見たときは感動しましたね。

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――芸能界でお仕事を始められて、思い描いていたイメージと現実にギャップを感じられたことはありましたか?

眞鍋かをり:ギャップというか、私自身は華やかな世界があまり得意ではなかったので、なかなか馴染めなかったですね。それに、とにかくすごく忙しくて、自分の仕事を自分で判断する余裕もなかった。ある意味、「4年で辞める」と思っていたから続けられたのかもしれません。

――それでも芸能界を続けていくという決断をされたわけですね。

眞鍋かをり:そうですね。大学を卒業する頃にはグラビアのお仕事を卒業したので、めまぐるしい忙しさが少し落ち着いていました。あとは自分への言い訳ですが、「大学4年間、みんなが遊んでる間に私は仕事をがんばったんだから、次の4年間はこのまま何も考えずに(芸能活動を)やらせてもらおう」って思っていました(笑)。でも今度はブログを始めて、また忙しい時期が到来しました。でも、そのときにたくさんの一流の方々とお仕事をさせてもらうという貴重な経験ができ、それが今、自分の糧になっていると強く感じます。

 

面白いことをシェアしたブログで大ブレイク

――「ブログの女王」と呼ばれてさらにブレイクされたわけですが、当時はブログをやっている方も少なかったですよね。そこにチャレンジしようと思ったのはなぜですか?

眞鍋かをり:最初は、ニフティさんから「ブログを始めてみませんか」というお話をいただいたんです。それまでも、グラビアアイドル時代に自分で自分のホームページを作っていたんですよね。写真集を買ってくれた方とか、いつも応援してくれるファンの方に直接お礼を言う場がなかなかもてないのが申し訳なくて、そういう場所を作りたいなって思ったのがきっかけでした。当時は所属事務所もホームページすらないという、今では考えられない時代で…。だから自分で本を買ってきて、HTMLから勉強して、ボタンやバナーも自分で作って、掲示板も作ってやっていましたね。

――自分でホームページを作るなんて、サービス精神がすばらしいですね。

眞鍋かをり:親戚でもない人が応援してくれるんだから、ブログもちょっと面白いことを書かなきゃ、少しでもお返しをしなきゃ、という一心でしたね。だって、読んで面白くなかったら、無駄な時間だったなって思いませんか?当時はブログを告知に使っている人がほとんどで、プライベートを載せる人がいない時代だったんですよ。でも私は「こんな面白いことがあったよ」ってシェアする気持ちで始めたので、新しかったんだと思います。「読んだ人をがっかりさせないように」「どうでもいいことは書かないように」というのを常に心がけていました。

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――芸能界という人前に出る仕事だと、普通では経験しないようなご苦労もあったかと思うのですが、振り返ってみていかがですか?

眞鍋かをり:嫌な思いというか、理不尽な思いはしました。でもそれは会社員の方でも同じですよね。たしかに人前に出る仕事ということで、見ず知らずの人からいろんなことを言われたり、身に覚えのない噂を立てられたりということはありました…。

――そういう苦しいときはどうやって乗り切ってこられたんですか?

眞鍋かをり:現実逃避します!何か嫌なことがあっても、それについて深く考えないことが得意というか、「考えたくないから寝よう!」ができるタイプなので(笑)。

――なかなかそれができずに悩んでしまう人も多いと思うのですが、気持ちを切り替える秘訣があれば教えてください。

眞鍋かをり:そうですよね。私の場合は、やっぱり最初に二足のわらじを履いていたことが大きかったと思います。最初に大学生と芸能界っていう2つの居場所をもっていたので、芸能界で嫌なことがあっても、本業は学生だからって逃げればいいという考え方ができたのはよかったですね。

――もう一つ別の居場所がある安心感というか。

眞鍋かをり:そうですね。一度、今まで自分が積み上げてきたことが全部台無しになってしまうかもしれないというところまで追い詰められたことがあって、そのときも最初はズドーンって落ち込んだんです。でも1時間ぐらい考えて、それならそれでゼロから外国に行くか、留学で勉強して違う仕事を始めるか、とか考えていたら、だんだん楽しくなってきちゃいました(笑)。ほかに居場所が「ある」ことを知っていたから、追い詰められたときでも居場所を「探す」っていう気持ちになれたんだと思います。

 

仕事がゼロになる覚悟で出産に挑んで

――2015年に結婚、出産を経験されましたが、そのタイミングでご自身の働き方やキャリアプランについてどう変えようと考えられましたか?

眞鍋かをり:会社員の方なら産休や育休みたいなものがあって、ビジョンを立てやすい部分もあると思うんですけど、芸能界の仕事は全く先が読めないので、もう完全にゼロになるかもしれないなって思いながら飛び込んだという感じです。でも、いざ蓋を開けたら産後2か月くらいで正月特番の司会をさせていただいていましたね(笑)。

――ご自身としては早く復帰したいという気持ちがあったんですか?

眞鍋かをり:そういう気持ちもありましたね。会社員のようなフルタイムの仕事ではないので、保証が一切ない分、自由に時間を選択できたのが大きかったです。8割の時間を子育てに充てつつ、残りの2割で仕事をやらせてもらえたんですよね。そこまでに積み上げてきたものがあったからだとは思いますが、とても有り難かったです。

――先ほどのお話にもありましたが、今は仕事と家庭という2つの居場所があることで、いいバランスが取れているんでしょうか?

眞鍋かをり:それは間違いなくそうですね。お仕事だけに体重を乗せていたときよりも、気持ち的にはすごく楽しんでやれているし、以前より一つひとつのお仕事を有り難いなと思ってやらせてもらえるようになりました。あとは、自分も仕事をしていることで買いたいものを躊躇なく買えたりとか、それは大きな自信というか、プラスになっています。

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――産後すぐに仕事復帰して、最初からうまくモードを切り替えられましたか?

眞鍋かをり:最初はやっぱり、お母さんモードから切り替えられないまま仕事に行くので、どうしたらいいかわからないこともありました。でも、子どもが5歳くらいになったら、自然とうまくバランスが取れるようになってきましたね。それまでは、自分がわからないというか、もう“お母さん”という生き物になっちゃってたんですけど、だんだん自分を取り戻すことができてきたというか。自分のやりたいこととか行きたい場所とか、自我が復活してきましたね。

――でも、最初は母親としてがんばりすぎてしまったこともあるそうですね。そこはどうやって軌道修正されたんですか?

眞鍋かをり:トライ&エラーですね。最初は「お母さんはこういうものだ」みたいなものに、自分が勝手に囚われてしまっていて。かっこよく仕事もしてご飯もちゃんと作るみたいな、そういう母親像をよしとする風潮が当時あったので、私もそうならなきゃ、って思っていました。夜中に急に作り置き用のコールスローを作ろうとしたりとか(笑)。今思えば、そんなのやらなくてもいいのに。だから今、後悔していることとしては、本当にただただ「かわいいかわいい」って子どもに言って、一緒に寝てればよかったなって。

――世の中が求める理想の母親にならなきゃと思い込んでしまっていたんですね。

眞鍋かをり:もともと場当たり的に生きてきたので、実は妊娠中も母親学級に1回も行かなかったんです。つわりもなく、安産だったのですが、出産後、娘と2人きりになったときに初めて「これ、私がなんとかするんですか!?」みたいになって。そこから急にてんてこ舞いになってがんばりすぎちゃったというか。芸能界での仕事もそうでしたけど、説明書を見ないで使いながら覚えるタイプなので、子育てもやりながら覚えていく感じになってしまいました(笑)。

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――やりながら覚えていった子育ての中で習得した、自分なりの子育てのルールみたいなものはありますか?

眞鍋かをり:本当になくて困ってるんですよね(笑)。説明書を読まないで、やりながら学んできたので。でも一つだけあるとすれば、やっぱり「人と比べない」ということでしょうか。自分が「お母さんはこうあるべき」みたいなものに囚われて行き詰まってしまったので。それぞれの子どもによって最適解は違うので、いくらすばらしいお母さんだったとしても、自分の子どもにとっていいかどうかはわからないじゃないですか。

――「人と比べない」っていうのは本当に大切なことだと思うのですが、実践するのはすごく難しいことでもありますよね?

眞鍋かをり:そうなんですよね。やっぱり、まわりを見て焦ることもあったりします。最初、まわりに教育熱心なお母さんが多かったので、うちもちょっとは受験対策をしなきゃと思っていろいろトライしたんです。けれど、うちの子どもにはことごとく合わなくて。「これはダメだ」ってなったときに、もっと別の、この子にとっての最適解を探せばいいんだってわかったんです。そこからは比べないことを心がけるようになりました。

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  • 取材・文:末光京子
  • 撮影:枝松則之

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